大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)9109号 判決

原告

徳田晴男

右訴訟代理人

邑本誠

被告

太司順哲

右訴訟代理人

中谷茂

右訴訟復代理人

山口勉

主文

一  被告は原告に対し、別紙建物目録(一)記載の建物につき別紙工事目録記載の工事をせよ。

二  被告は原告に対し、金九〇万円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項と同旨

2  被告は原告に対し、金四〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三四年葛原三郎からその所有に係る別紙建物目録(二)記載の建物を貸借し、以後右建物(以下、原告店舗という)で呉服店を経営している。

2  被告は、昭和五五年一一月五日別紙建物目録(一)記載の建物(以下、被告建物という)を建築しこれを所有している。

3  被告建物は原告店舗とは幅約三、四メートルの道路を隔てた向いに建てられているところ、被告建物の壁面朱赤タイル及び窓ガラスの反射光によつて原告店舗内が赤くなり、店舗内の呉服等の陳列商品や営業商品の色、柄が正確に見えず、商品の色やけ被害を生じるようになつた。

4  原告は、被告建物が完成し前記反射光被害が明白になつてから被告に対し右被害の防止を再三再四要望したが、被告は全く誠意を見せなかつた。原告は大阪市建築局にも相談し、同局係官による被告に対する指導、あつせんがなされ、被告は一旦は、被害防止のための木製フレーム工事を行う、それでも不完全な場合は再検討のうえ妥当適切な工事を行うと約束したものの、全く別の粗悪な木製フレームを設置したのみで、被害防止には何の役にも立たなかつた。昭和五八年一月一九日には大阪市長は被告に対し、(1)延べ面積制限違反、(2)建築面積(建ぺい率)制限違反、(3)高さ(斜線)制限違反について六〇日以内に是正するよう違反建築物措置命令書を送付し、かつその旨大阪市公報で公告したが、被告は依然として誠意を見せない。なお、被告建物を設計した白波瀬設計事務所についても、昭和五九年二月八日付で建設大臣から処分を受けている。

5  原告は前記反射光被害を防ぐため、原告店舗の表廻り全体を朝から晩までテントで覆つて営業を続行しているが、通行人には陳列商品等内部が全く見えないために閉店しているかのように見え、来客も減り営業成績が低下した。原告は右減少分を訪問販売で補うようにする等努力を重ねてきたが、被告の前記反射光線による営業損害は三〇〇万円を下らず、また精神的苦痛を金銭に評価すると一〇〇万円を下ることはない。

6  原告の蒙る前記被害は、被告建物に別紙工事目録記載の工事を行うことにより防止できる。

7  よつて、原告は被告に対し、本件店舗賃借人として代位行使する本件店舗所有権に基づく妨害排除請求権により、被告建物につき別紙工事目録記載の工事を行うことを求め、併せて不法行為による損害賠償として金四〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は不知。

4  同4の事実のうち、被告に対し原告から反射光被害の防止の要望があつたこと、大阪市から指導があつたことは認め、その余は否認する。

被告建物に使用したガラス及びタイルの材質は、普通一般に使用されるものであり、その使用及び選択は社会的相当性の範囲内であり何ら違法なものではない。

原告は、被告建物が建築基準法に違反していることを主張するが、右違反事項と反射光被害とは何ら関係がない。即ち、被告が大阪市から指導を受けたのは斜線違反についてであるが、原告が主張する反射光被害は被告建物正面二階であつて、右二階部分が斜線規制に違反していないことは明らかである。

また被告は、原告主張の反射光被害について、原告との近隣関係を考慮し、出来得る範囲で誠意をもつて被害防止努力をなしている。

5  請求原因5の事実は否認する。

原告店舗は西北向きに建つており、被告建物が建築される以前から常時西日があたつていたもので、日除けテントも以前から設置されているものである。従つて、原告主張の反射被害は西日の自然光によるもので、被告建物との因果関係は、仮にあつたとしても軽微なものである。そもそも、原告が代位行使を主張する葛原の本件建物所有権について、被告は同人の所有権を何ら妨害していない。

6  請求原因6の事実は否認する。

原告主張の工事による補正改善は、一部はできても全面的なものは困難であるし、吹付け工事により南側と西側の壁面が色違いとなつてしまい、建物の外観上甚だしく見苦しい状態となり、建物の価値は極端に下落する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は、〈証拠〉によつてこれを認めることができる。

同2の事実は当事者間に争いがない。

二遮光工事請求について

1  建物所有者が、自ら又は第三者として、建物を呉服店舗として利用し営業を行うことは所有権行使の一態様であり、右店舗としての利用が、他の建築物等からの反射光により妨害を受け、その妨害の程度が著しく受忍限度を越えているときは、建物所有権の円満な行使を侵害するものとして、その侵害行為の是正あるいは予防を求めることができると解すべきである。

2  〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  原告は、昭和三五年一月原告店舗で呉服小売店「染と織 松美屋」を開店し、以来営業を続けていること、原告店舗は交差点に面した木造二階建建物の一階の一部であり、北側及び西側が道路に面していて、北側が店舗正面出入口となつていること、被告は、昭和五五年七月頃被告建物の建築工事を始め、同年一一月に完成したこと、被告建物は右交差点に面した鉄骨造四階建で、南側及び西側が道路に面していて、被告建物の南側部分と原告店舗の北側部分が幅三、四メートルの道路をはさんで向かい合つていること、被告建物の一階は喫茶店に賃貸し、二階以上を被告の住居としていること。

(二)  被告建物の外壁は赤褐色レンガ色のタイルを使用しており、そのため、被告建物完成後晴天の日は、南側外壁のタイル及び窓ガラスによる反射光線のために原告店舗内が赤味を帯びて見え、呉服商品の色柄が変化して見える等営業に支障が出るようになつたこと、そこで原告は、被告建物完成の頃から、右建物工事担当者や被告に対し右反射光発生防止の対策を求めたこと、原被告間で交渉が行われ、原告店舗に店舗形式のテントをつける等の案が出されたりしたが、被告側は被告建物の外壁に対策を施すことには消極的であり、防止対策についてはこれ以上話合う必要はないという態度であつたこと。

(三)  原告は、被告建物の一階から三階部分が道路際まで一杯に建てられており、建築基準法に違反し、そのため前記反射光の被害も生じているのではないかと考えていたこともあり、昭和五六年五月頃から大阪市建築局監察課(後に総合計画局建築指導部監察課となる)に相談したこと、同課では被告建物を調査し、右建物が建築基準法五二条(容積率)、五三条(建ぺい率)、五六条(道路斜線制限)の規定に違反していたため、その是正指導に乗り出し、同時に、前記反射光の被害が右違反とも関連していると考え、被告に対し右反射光防止のための指導も行つたこと、昭和五六年一〇月頃、被告は右反射防止の一方法として、被告建物二階南側外壁の一部と三階南側窓ガラスの一部に木製フレームを設置したが、反射光防止の効果はなかつたこと、

(四)  右木製フレームによつても反射光の被害の改善が見られないので、原告は昭和五七年八月頃、被告建物の具体的な反射光防止策としてタイル面吹付塗装による方法(別紙工事目録記載と同じ)及び金属製フレーム取付による方法の二つを監察課に要望し、同課もこれを承けて被告に指導を行つたこと、しかしながら被告は、原告の行動は被告に対するいやがらせであり、反射光被害については話合う必要がないとして、また建築基準法違反の点に関する監察課の是正指導についても、これに応じなかつたこと、そこで同課は、これ以上の被告に対する改善指導は効果がないものと考え、被告に対し建築基準法九条一項の規定に基づき昭和五八年一月一九日付大阪市長による違反建築物措置命令書を送付し、被告建物の同法五二条、五三条、五六条の規定に適合しない部分を六〇日以内に是正するよう命令を出し、さらに被告建物の設計を担当した白波瀬設計事務所に対しても、同法九条の三に基づき大阪府より厳重注意処分がなされたこと、右各措置がとられた後も被告建物に何らの改善もなされていないこと、

(五)  原告店舗では、被告建物以前も西日の自然光が差込むのを防ぐため店舗北西及び北側正面出入口の所にテントを使用していたこと、晴天日のテントの使用時間は、北西面については、一、二月を除き午後一時過ぎから夕方頃まで、正面については、五月末から一一月上旬までの間で午後二時前頃から夕方頃までであつたこと、被告建物完成後は、晴天の日にはその南側外壁及び窓ガラスが鏡のようになり、赤味を帯びた反射光(二階部分からのものが主だが、三階部分からのものもある)が店内に差込むため、原告は昭和五五年一二月にテントを厚手の生地のものに取替えたこと、テントの使用時間も、北西面については、一、二月も午後二時頃から四時半頃まで必要となり、その他の季節も従前より一時間程度長くなり、正面については、一年を通じ午前一〇時頃から夕方まで必要となつたこと、そのため、本来ショーウィンドウの役目を果たす原告店舗正面が、晴天の日は開店時間の午前一〇時から夕方までほとんどテントで覆われてしまい、外から店内が見えず、通りがかりの客が入りにくくなつたこと、またテント使用中でも、被告建物の反射光の強いときは店内が赤味を帯び、呉服商品の色柄が変わつて見えてしまい、色が合わないからと言つて、客が予定した購入を中止したり、染色の色合わせに苦労することも時々あること、原告の呉服営業の売上は、被告建物完成前の昭和五四年は年間約六〇〇〇万円であつたのが、その後減少し、同五六年以降の年間売上は五〇〇〇万円弱であること、原告の呉服営業は、本件店舗の外に支店等はなく、原告は売上減をカバーするため訪問販売等に力を入れていること、

(六)  被告建物の外観や外壁の色は、時折見受ける形態であり、特に人目を引くような変わつたものではなく、外壁のタイルも特殊なものではなく、一般に市場に出回つているものであり、窓ガラスも特殊なものではないこと、被告建物は前記のとおり建築基準法に違反している部分があるが、仮に同法の規制を遵守し、建築面積、延べ面積を減らし、道路斜線制限に従つて建物を建てた場合には、反射光による原告店舗への影響は多少緩和されると考えられること、被告建物について原告店舗への反射光を防止する方法としては、防止効果、工事費用、被告建物の機能への影響、事後の保守等の点を総合して、別紙工事目録記載の工事(以下、本件工事という)が最も防止効果が高く、原告店舗の被害も相当改善され、また被告への負担も少ない方法であること、本件工事方法によると、工事費用は六〇万円程度であるが、なお吹付によつて外壁の色は多少変わること、

以上の各事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 右認定事実に照らして検討するに、(一)被告建物の南側外壁の赤味を帯びた反射光が原告店舗に影響を及ぼしており、(二)原告店舗の正面テントも、反射光防止のために生地を厚手のものに取替えたうえ、晴天の日には朝の開店時から夕方まで使用せざるを得ない状態であり、外から店内が見えなくなつて顧客穫得上も不利な状況でありテント使用時においても、店内が赤味を帯びる時があり商品選択や色合わせに支障が生じ、予定の売上が取消になつたりするなど、原告店舗営業上相当深刻な被害というべきである。(三)原告店舗の方で右反射光を防止する方法としては、店舗北側を反射光が入らないような構造にすることが考えられるが、そうすると、テント使用時と同様に外から店内が見えなくなり、店舗営業上不利であり、しかも北側からの反射光が入らないと同時に自然光も遮られてしまうようになつて、原告店舗利用上の機能を相当減ずることになる。

他方、(四)被告建物は、容積率、建ぺい率、道路斜線制限について建築基準法の規定に違反しており、右規定に適合するような建て方であれば、反射光による原告店舗の被害も多少緩和されると考えられるところ、被告は大阪市の是正措置の命令にも一切応じない。(五)被告建物南側外壁に反射光防止策を施すとすると、防止効果、工事費用等の点で本件工事が最も優れた方法といえる。本件工事は被告建物の構造に損傷を加えたり、新たな工作物を構築したりするものではなく、建物利用上の機能を損うものではない。(六)なお、本件工事により外壁の色が多少変化することについて考えるに、一般に建物の外壁の色をどうするかは建物所有権行使の一態様であり、建物の一つの機能としての意味を持つことは否定できないところであるが、他人の法益を侵害するような態様での権利行使が制限されることは自明の理である。また、被告建物は店舗兼居宅として普通に見られる形態であつて、これが設計者の芸術的意図を表現し世間にアピールするため、あるいは営業政策上の宣伝効果を狙つて人目を引くためのように、建物の外観や色彩に特に比重を置いたものではない。しかも、本件工事は特定の色の使用を被告に強制するものではなく、ただ反射光を防ぐように吹付塗装を行うということであつて、同じ効果が得られるならば被告の好みの色を使用して目的を達することも当然許されるのであり、また工事対象外の外壁についても、被告の意思で工事対象面と同種の外観にすることも可能である。要するに、本件工事によつて被告建物の経済的又は機能的損失が生じるとしても、それは前記(三)で検討した原告店舗の場合と比較して、はるかに少ないものと考えられる。

以上の通り、被告建物の反射光による原告店舗の被害の種類及び内容、右被害防止に関する被告と原告及び大阪市との交渉経緯、本件工事を行つた場合の効果及び被告建物に与える影響等を総合すると、被告建物の反射光により原告店舗で原告が蒙る被害の程度は、いわゆる受忍限度を著しく超えているものといわざるを得ず、原告は原告店舗所有者に代位して被告建物所有者の被告に対し、侵害行為の排除及び予防のため本件工事を行うよう請求することができるものというべきである。

三損害賠償請求について

1  原告が、被告建物の反射光により被害を蒙つていることは前記二認定の通りである。また、被告建物建築に際し、被告が右被害発生を予見できなかつたとしても、右建物完成後まもなく原告から右反射光被害を訴えられ、大阪市からも指導を受けながら、被告はこれを原告のいやがらせと軽信し、右建物について反射光防止のための有効な措置を講ずることなく放置し、本件訴訟まで至つたのであるから、この点において、遅くとも木製フレームを放置した昭和五六年一〇月以降被告には過失があつたものというべく、その結果原告に生じた損害を不法行為に基づき賠償すべき義務がある。

2  そこで、原告の損害について検討するに、前記二認定の通り、原告の売上が被告建物完成前に比べて年間一〇〇〇万円以上減少しているが、右減少が反射光被害と関連していることは認められても、減少額のすべてについて被告の不法行為と相当因果関係があるものとは本件証拠上直ちに断念できない。そして具体的には、反射光のために客が予定した商品購入を取消すことが時々あつたこと、晴天の日には夕方まで原告店舗をテントで覆わなければいけない状態になつたこと、反射光被害解決のために原告は被告側との交渉や大阪市への相談等に労力を費したこと、その他本件証拠上認められる諸般の事情を勘案して、被告の不法行為により原告の蒙つた財産的及び精神的損害は金九〇万円と認定するのが相当である。

四結  論

そうすると、原告の本訴請求のうち、工事請求は理由があるのでこれを認容し、損害賠償請求は金九〇万円の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、主文第二項の仮執行宣言につき(その余の部分の仮執行宣言の申立は、相当でないので却下する)同法一九六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官三輪佳久)

建物目録

(一) 大阪市福島区海老江二丁目七三番地

家屋番号、七三番

一、店舗、居宅、鉄骨造陸屋根四階建

床面積

一階 五二・一九平方メートル

二階 五四・二一平方メートル

三階 五五・〇七平方メートル

四階 三三・三七平方メートル

(二) 大阪市福島区海老江二丁目七二番地一、七二番地二、七二番地三、七二番地四

一、木造瓦葺二階建

床面積

一階 一四〇・六六平方メートル

二階 一二〇・七七平方メートル

のうち、専有部分

家屋番号、海老江二丁目一三六番

一、居宅、木造瓦葺二階建

床面積

一階 二七・二〇平方メートル

二階 二五・三八平方メートル

のうち、一階の店舗部分八・二六平方メートル

見積明細書、工事目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例